ハチハチ編集部

四国八十八カ所のお遍路あれこれ、情報発信します!

空海の生涯・その1〜誕生から唐に渡る前まで〜

2018.3.6

    こんにちは!ハチハチ編集部の乙ママです!

    四国お遍路のみならず、全国に数多の伝説を残している空海さんこと弘法大師ですが、
    どのような一生を送られたのでしょうか。

     

    このブログで、本当にさらっとではありますが見渡してみたいと思います。
    少々長くなりますので、いくつかの記事に分けます。他のブログ記事を挟みながらになると思シリーズで書いていきますので、どうぞ気長に読んでいただけたらと思います。

    ※空海の活動、言い伝え、業績、年代などには諸説あります。

    目次

    1.ご誕生

    2.捨身ヶ岳(しゃしんがたけ)での請願

    3.大学へ

    4.仏道修行

    5.唐へ渡る決意

     

    1.ご誕生

    宝亀5年(774年)、今でいう香川県善通寺市で、讃岐の郡司の家系にお生まれになりました。

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    空海の実家、善通寺です。

    幼名は真魚(まお)といいます。
    6月15日を、真言宗ではお誕生をお祝いする日「青葉まつり」としています。

     

     

    2.捨身ヶ岳(しゃしんがたけ)での請願

    7つの時、自分は世を救うという誓いを立てました。
    家の近くにある山のうち一番高かった我拝師山に登り、
    「私は仏法に入り、世の中の困ってる人々を救いたい。それが叶わぬならこの命を捨てて御仏に捧げます」
    と申して、断崖絶壁から飛び降りたところ、天女が現れ真魚さまを抱きとめ「一生成仏」とおっしゃっいました。
    真魚さまはこのことに大変感謝し、一層勉学に励みました。

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    飛び降りたとされる捨身ヶ岳。麓のお寺は出釈迦寺です

     

     

    3.大学へ

    地元讃岐から15歳の折に都へ出て、
    叔父である阿刀大足から論語、孝経(中国の経書のひとつ)、史伝、文章などを学びました。
    のち18歳で大学へ入られました。大学では春秋左氏伝、毛詩、尚書などを学びました。

     

     

    4.仏道修行

    大学での勉強に飽き足らず、また世を救うものではないと感じ、次第に仏教に興味を持つようになりました。
    そして大学を去り、仏道の修行へ身を投じられました。
    大峯山や阿波、あるいは土佐の室戸崎などの霊所を求めて修行を続けられ、20歳の時に出家を決意します。
    槙尾山寺で剃髪・得度し、名を教海(きょうかい)とし、のちに如空(にょくう)とあらため、身も心も御仏のお弟子となられました。

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    修行場の1つ、室戸岬の御厨人窟。ここでの眺めが「空海」の名のもとになったと言われます。

     

     

    5.唐へ渡る決意

    22歳の時、名を空海を改めます。
    高僧に仏の教えを聞いても満足できず、最高の教えを求めて東大寺で祈願しました。
    すると、その満願の日にみた夢の「大和高市郡の久米寺東塔の中に、汝が求めている教法がある」というお告げによって「大日経 」を発見しました。
    しかし、経典の1部に理解できない部分があり、その教えを請える者が日本にはいないことから、唐へ渡る決意をしました。

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    久米寺。奈良県檀原市にあるお寺です。

     

    ——————————

     

    まずは、生まれてから唐へ渡る前までを追いました。

    次回は唐へ渡ってからについて、書きたいと思います。

     

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